菅谷李径先生インタビュー


6.102歳になって今思われることは?

この頃非常に考えることは、自分は誰にでも許されて生きているって。
私は平凡な人間だから、私のために多少なりとも傷ついた人が、ないともかぎらん。でも、それを、世の中の人が許してくれてる。
私は、知らんけれど、私のためにおもしろくない思いをさせられた人があるかもしらんのよ。だけど、すべての人が許してくれているのだから、私自身も許さんとならん。だから少々のことは許していくものだなあって。許し許されるということを、このごろ考えるね。 100年生きてやっとそう思うの。100年生きてやっとよ。そんな気持ちになった。
自分も許し、人をも許していかないとしょうがないなあと…。
若い時は、なにくそー、何だって思った。若い時は、たまには開き直るというとことも大事だけど、うんと年をとると何かをしようと思っても実力が伴っていかないから、現実にあるところで、平穏を保っていくということが一番生きていく上で大事なことだと思っています。

私がどこも体に悪いところが無いからそう思えるんだろうな。
丈夫だから。
病気になって人の看病でも受けて思い通りにならなかったら、そんな気持ちでいられないかも知れない。
本当にあなた方も体をいとって丈夫でなきゃあね。健康と言うことは、なんにでもついてまわるんだ。
なんぼ立派な人でも、肉体の苦しみには耐えられないものがある。
健康で死ぬということ、なんぼ健康でも人は死ぬんだからね。
眠るように死んだというのは、本当にその人の幸せだったんじゃないかな。

常日頃健康ということには一番留意せんならんね。健康ほどだいじなものはない。腹八分目にしてね。

健康が一番大事。


生徒の皆さんの中から一言いただきました へ続く。